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京都の公卿・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵
自筆「源氏物語」の「若菜(わかな)下」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。26か297す 聖徳太子尊像聚成 石田茂作著 講談社 昭和51年 限定1000部の内508番。
自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。長谷川伸旧蔵書 曽我鍛編『松山叢談』(全4冊揃)昭和11年 豫陽叢書刊行会刊(愛媛県松山市)。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。f24111908〇物理全志 全10冊中2冊欠 計8冊 5,9巻欠 明治9年〇和本古書古文書。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。9e03807【古書】新刃銘鑑 全6巻5冊組/高井勘兵衛/発行年不明/和綴じ/劣化強。現在の今上天皇と系譜がつながっている。【寛政11年「印補正」印譜/江戸時代/】。
関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。古書☆江戸期末期頃 春色淀乃曙 第二編・第三編・第四編・第五編 松亭金水 合本4冊 裏打ち 虫食い 印 スレ 剥げ 傷み。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。聚弥画譜 水墨画見本 サイズ約21x28.5x1cm 画帳 画集 人物 花鳥 合集 古書 古文書 和書 古本 骨董 古美術 経年劣化あり。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。大正時代の領収証33点 大正六~七年(1917~18) 封筒付き/古文書 長野県 尾澤栄次郎宛て【24-0425-19】。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。真田伊豆守殿 密書 御内書・御奉書・御請 真田伊豆守公宛書状集。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。六字釈講義 中島覚亮 金沢護法会 大正6 仏教 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗臨済宗戦前古書和書古文書PH。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。【タイトル】 泉屋清賞 古銅器類之一 二 2冊揃 【著者】 飯田虎蔵 【印刷所】 審美書院 【刊行年】 明4445 ◆ 希少 住友家蔵版 ◆。(資料の記録は下記に掲示)
出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。商人との取引記録 古文書【24-0808-24】。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。1904年 明治37年 日清韓露最新地図 盛京省 奉天府 安東県 朝鮮 京城府 新羅 百濟 帝国 大清国 韓国 軍事 北平 北京 鳳凰城 総督府 関東軍。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。f24110846〇写本 和漢朗詠集抜書 梅花帯雪飛琴上 柳色和烟 (煙)入酒中 弘化4年〇和本古書古文書。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。宮崎成身『六藝名義觧』文政5年序 青山堂刊『周礼』六芸解説書 中国周代教養 江戸時代和本 絵入本 六芸名義解。また、各巻ごとの書かれた年については不明。安居講録 2冊揃 石川了因 真宗高倉大学寮編 明治38 仏教 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教臨済宗戦前古書和書PH。従って、応永五年とは、書き始めの年である。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 要門 犬甘主税 寛政三 六月吉 内藤七左衛門入道 古文書。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。f24110843〇写本 飛鳥山十二景倭歌 手彩色画 12枚 筑波山 元文六年刊〇和本古書古文書。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。謄写版 「川柳評万句合」 宝暦7年~寛政元年 12冊揃 送料無料。
大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。完品 山口蓼洲『能狂言服飾文様』(全5集揃/彩色木版画全50枚揃) 昭和4年 板画会(京都市)能装束図案集 能楽 お能。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門」を称する。【初版1944年】日本演劇辞典 渥美清太郎 当初5000部発行版。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。●極上和本YM4759●五常五倫名義〈附大学詠歌〉宝暦板系統B 宝暦11年・河内屋版 室鳩巣作 「大学詠歌」「五常五倫名義」「病中のすさび」。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。ポスター 結核予防。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。和本『永代大雑書萬暦大成』東都書肆 安政3年。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。歌川豊国『古今名婦伝』大正9年 日本美術同好会刊 彩色木版画30枚入 浮世絵 才媛・美人画譜 遊女 花魁。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。毛利十一代史/首巻~第四十二 43冊 揃い/明治43年 毛利氏。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 三議一統 古文書。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。木版画 口絵入 萬歳小 謠昇平楽 靖中庵桃渓 江戸時代物 木版 版画 和本浮世絵ukiyoe古書古文書骨董古美術 江戸和本和本 浮世絵。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。即決 アンティーク、天文暦学書、江戸期和本1689(元禄2)年『天文図解 巻1』運気論、中国星座、星図、陰陽師 二十八宿、七十二候、日蝕。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。即決・極々稀★【即発売禁止】酒井勝軍『天皇礼讃のシオン運動』国教宣明団・昭和6年ー竹内文献。
出品した「源氏物語」は「若菜(わかな)下」の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。秋田侍従源朝臣義和篆額近江源世元撰武蔵左潤書『象滷神祠之碑』掛軸〔紙本拓本〕寛政建碑昭和採拓/秋田県にかほ市象潟町 八島神社境内石碑。若菜・下の巻名は朱雀院(前朱雀天皇)の五十の御賀があり、源氏の君はその賀宴を「このたび足りたまはん年、若菜など調(てう)じてや」に因む。戦前 昭和初期ビンテージ 女子用の教科書 辞書 11冊セット「再訂 服部氏漢文新読本詳解 巻一 昭和6年発行」 等々 1930〜1940年代 OJM608。柏木は朱雀院(前朱雀天皇)皇女で源氏の君の正室に降嫁した女三の宮へのかなえられない恋に煩悶する。甲冑品書 浦壁四郎兵衛正一 所持 弘化4年/水野忠邦 田嶋岩尾 加藤橘之助 武道 武術 剣術仙台藩伊達家【24-0627-24】。四年の歳月が経過。華族会館京都及び貴族院旧蔵書『帝国政策と台湾』明治38年 民友社刊。冷泉天皇は在位十八年にして東宮に譲位し今上天皇として即位した。大正三年発行 四十七士 浪六 村上信 義士列 東京市 古書 逆文字。翌年、朱雀院(前朱雀天皇)と女三の宮との対面を企画し五十の賀宴が催されることになった。1944年 延安 共産党 解放日報 検索⇒満蒙 長春 新京 奉天 関東軍閥 国民党 総督府 南満鉄 張学良 馬占山 生写真 古建築 中華民国 支那 帝国。源氏の君は六条院の女たちによる「女楽」による演奏の宴を開いた。先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 犬飼 書状 古文書。柏木は、女三の宮の姉・女二の宮を正室に迎えたが、女三の宮への未練を断ち切れずにいる。倉敷紡績を解雇された社員の手紙/昭和恐慌 大原孫三郎 古文書【24-0627-25】。葵祭りの前日、柏木は源氏の君の不在時に小侍従の手引きにより女三の宮と逢瀬をした。和書 弓道 神事儀礼 図解入り解説書 「射禮一統百手口訣」 流派、年代不明(恐らく江戸時代後半) 武家保存希少品 23丁半。夏のある日、源氏の君は女三の宮の体調不良の原因がご懐妊と知り、不審を抱いた源氏の君が柏木から女三の宮あての手紙から柏木と女三の宮の密事が発覚する。●極上和本YM4764●〈御家〉農家大学(玄水堂・単色刷り・後印本)知足庵(南総周准郡大鷲村住人)原作・玄水堂書 稀書往来物 美本。(女三の宮の子がのちの薫の君)源氏の君、41歳から47歳までを描いている。The Russo-Japanese War Fully Illustrated・1905/日露戦争・3冊/明治37年/英語表記。
自筆上部の「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。676魚屋北渓/葛飾北斎門2■江の島道中(仮)■ 狂歌 摺物 江戸期?時代物 彩色木版画木版版画 絵入絵本 和本浮世絵ukiyoe古書古文書骨董古美術。押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。潤色 栄花二代娘 全五巻 浮世草紙 安永三年序刋(國書)。)
大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
「若菜・下」の巻は英文で「New Herbs Part Two」と表記されます。二種深信私記 御文神明三ヶ篠講義 全 金沢護法会 朝倉暁海 大正5 明治 仏教 金沢市 )仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然PH。
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。九岐晰『身代の番人 一名破産予防法 全』明治12年うさぎ屋誠刊 商売心得 明治時代ボール表紙本。これは、中国の皇帝が譲位した場合、高位の高官も職を致仕(退官)するという「白氏文集」の漢詩文に由来している。漢籍 「評註正文章軌範 正続 5冊」「文章規範講義 上下」「 正文章軌範譯解 正・続 全6冊」 王陽明・司馬遷など 漢文 和本 古書 ②E。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。☆序文・青木月斗(正岡子規門弟),後記・菅裸馬(財界人:菅礼之助)《 俳人 風可子:風調雨順・風花雪月)》☆送料650円 研究資料 激レア 貴重。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。文学論 小田切秀雄著 初版本。》
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。【古籍善本】 ★ 文献叢編増刊 2册 ★ 虫食い 清三藩史料 故宮博物院編 経史子集 検 清朝古書古本珍本漢籍唐本唐物骨董古玩碑法帖和本。)
「自筆原本」
自筆下の二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘の幾千姫(玉映)の落款。民家用文章 (題せん)なし 和本。
自筆上部のタテ長の印は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて
諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款。H16-002 古文書時代鑑 覆刻/新装版 上・下巻 解説本付 東京大学出版会。
反対側の印は仙台藩医・木村寿禎の落款
《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。I02-018 徒然草詳解 文學士内海弘藏著 東京明治書院 書き込みあり。》
自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。明治34年 医学者メモ帳「随感随筆」外科 眼科 医学史【24-0921-82】。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。大正10年 「第二次 明星 創刊号」とオマケ5冊 与謝野晶子ほか 送料無料。
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という若菜・下の原文中に引用されている漢詩の落款が押捺されている。P22△2冊セット/土壌學講義 上巻・中巻/大日本地質略図 付属/大工原銀太郎・著 裳華房 1925年発行 古書 241016。》
《ふしそ、》・・・・けに、ことわり」と、おほゆるふしを、やかて、
長く思ひつめて、深くえんせられしこそ、いと、くるしかりしか。古資料 文献 横須賀海兵団 昭和十四年一月入団 四等水兵修行記念帖 HYN611。
心ゆるひなく、はつかしくて、我も人も、うちたゆみ、朝夕の睦ひをかはさむには、
いと、つゝましき所のありしかは、「うち解けては、見おとさるゝ事や」
なと、あまりつくろひし程に、やかて隔たりし中そかし。遺語談 全 写本 吉水大師遺語談 法然 浄土真宗 熊本県熊本市西区専崇寺 仏教 江戸時代 検 仏陀浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然古書NA。
いと、あるましき名を立ちて、身のあはあはしくなりぬる嘆きを、
いみしく思ひしめ給へりしか、いとほしく、けに、人からを思ひしも、
我、つみある心ちしてやみにし慰めに、中宮を、かく、
さるへき御ちき(契)りとは・・・・《いひなから》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。上州治乱記 他。
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
《准大上天皇として現世における極上の栄耀栄華を得た我が身を回顧する源氏の君》
《源氏の君、過去の華麗な女性遍歴を回想し論評する》
《(源氏の君)「中宮(秋好中宮・冷泉天皇の皇后)の御母の御息所(みやすどころ)こそ、
普通の女(ひと)とはまるでちがって、たしなみも深く優雅なお方の手本として、
真っ先に思い出されるのです。日本占領・外交関係資料集 1期+2期 全22冊 荒敬編・解題。
けれども、私にはどうもお付き合いしにくく、お逢いするのが苦痛なお方でした。古書『専正立華集・専明瓶華集』2冊セット 池坊専正 池坊専明 生花 ケース入 蔵出し品。
わたしをうらめしく思うのも》・・・・当然、なるほどそれも仕方のないことと思われます。1932年 新満洲国 写真帖 検索⇒支那軍 中華民国 汪精衛 蒋介石 関東軍閥 憲兵 国民党 督軍 生写真 革命党 満洲 総督府 張学良 古建築 満鉄。
そのことを、そのままいつまでも思いつめて深くうらみ通されたのは、
私にとってはまったくつらいことでした。全国信用旅館営業連盟機関 全国連盟旅館 昭和15年/鉄道時報【24-0901-53】。いつも油断がならず気づまりで、
お互いにくつろいで朝に夕に仲睦(むつ)まじく暮したりするには、
まことに気のおけるところがあったものです。【手紙】人間国宝の釡師 長野垤志/茶道 茶釜 鐘楼 再婚 新潟県 浄土真宗本願寺派 円光寺【24-0412-39】。
ですから、こちらが気をゆるしでもしたら見下されはしないだろうかなどと、
あまりにも体裁をつくろっているうちにそのまま疎々しくなってしまった間柄なのです。送料無料 「出羽風土略記」 全4冊揃。
まったくとんでもない浮名(うきな)が立って、ご身分を傷つけてしまったことが嘆かわしいと、
深く思いつめていらっしゃったのがおいたわしく、いかにもそのお人柄を考えてみても、
中宮(秋好中宮・冷泉天皇の皇后)の御母の御息所(みやすどころ)については、
わたしの罪のように思われました。御文章(乗如) 全5冊 東本願寺19代法主乗如。それが、あんなことになってしまった償いとして、
中宮(秋好中宮・冷泉天皇の皇后)を重用し、皇后としてこのように、
もちろんそうなるべき・・・・・《ご運勢とはいえ、とくに帝の皇后になるべくお引き立てをいたしました。HH-9079 ■送料込■ 常葉 第1~19号/21~27号/29号/31号 明治31年 28冊 まとめて 常葉社 雑誌 仏教 宗教 和書 本 古書 古文書 1.2kg/くJYら。》
備考1・源氏の君は先天的な優秀性のゆえに帝の寵愛を受けた。【全3冊セット】大塩平八郎書簡の研究 全三冊 相蘇一弘 著 清文堂【ac02u】。現在は、准大上天皇として現世における極上の栄耀栄華を得ている。★限定600部 帙付き 大型本 『 吉田松陰遺墨帖 ●解説付き 』 山口県教育解/編纂 大和書房。
備考2:冷泉天皇は桐壺天皇と藤壺中宮の皇子としているが実際は源氏の君と藤壺の皇子。印譜 原鈐本 検索⇒金石篆刻 鈐印存 書道 封泥 朱印 遊印籍 雅号印 石鼓文 金文 官印 将軍印 落款印 支那 唐本漢籍 呉昌碩 鄧石如 斉白石。東宮(皇太子)は、今上天皇として即位し、今上天皇と明石女御の御子は、源氏の君の孫、のちに次期天皇として即位する未来が開け源氏の君の栄華が際立つ。草双紙『霞紅筆』初編 上下 著變/曲 山人。
現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)
備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。日本の祭 柳田國男著。
禁裏(京都御所)で書かれたものです。★H422和本江戸安政7年(1860)徳山藩家臣徳山七士信田作太夫直筆「槍術兵法写本」1冊古書古文書幕末の志士。
《New Herbs Part Two(若菜・下)》
《Even when her anger seemed justified it lasted too long,》・・・
・・・・ and her jealousy was more than a man could be asked to endure.
The tensions went on with no relief, and the reservations on both
sides made easy companionship quite impossible.
I stood too much on my dignity, I suppose.
I thought that if I gave in she would gloat and exult.
And so it ended. I could see how the gossip hurt her and how
she condemned herself for conduct which she thought unworthy of her position,
and I could see that difficult though she might be I was at fault myself.
It is because I have so regretted what finally happened that
I have gone to such trouble for her daughter.
I do not claim all the credit, of course.
It is obvious that she was meant all along for important things.
英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward e Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)
《若菜・下》
以致怨恨越来越深,真乃痛苦之事!和相,得留意,
慎小心。J24021702〇茶家好古集覧 全1冊 須原屋茂兵衛他板 花押 千利休 織田信長 豊臣秀吉 古田織部 細川幽斎他 嘉永7年〇和本古書古文書。欲彼此无所忌、朝夕相,似乎有不便之。昭和3年 「歌舞伎草紙絵巻」 聚楽社 送料無料。
如果解,深恐被看;分慎小心,果遂成疏隔。円山応挙『応挙画譜 下巻』明治26年 藤井孫兵衛刊 彩色木版画譜 明治時代和本。
流了不的罪名,遭受了薄的,常常悲懊,
原是怪可怜的。HH-9742 ■送料込■ 医学と家庭 60冊 まとめて 大正14年~昭和7年 医療 医学 雑誌 和書 本 古本 古書 レトロ /くJYら。我想起了的一生,痛感自己罪无可。藩札図録 佐野英山編。了罪,
我便竭力照的女儿。『御法渡』正徳元年九月 郡奉行 庄屋中 組頭中【辞令 命令 書 古書 古文書 和書 幕末 江戸期 】藩内禁止法令通達 約長さ900センチ。女儿自有身皇后的宿命,
但竟靠我不世人,
中国訳文の出典:『源氏物(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)
中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」若菜・下の巻の末尾(原本番号107-B)の押印。清明軍談全5巻中1冊欠如 発禁本 清国 中国 戦争 和本 古書 古文書 愛新覚羅氏 アヘン戦争 支那 絵多数。
左下の四角の大きな印は仙台・伊達家の家紋の印(竹に雀)
家紋の上2つの印は仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)の印。●極上和本YM4758●五常五倫名義〈附大学詠歌〉(宝暦板系統A)宝暦11年・前川版 室鳩巣作 「大学詠歌」「五常五倫名義」「病中のすさび」。冬姫は内大臣・通誠の養女。唐本漢籍 唐詩合解箋注 6冊 上海会文書局 検索⇒支那 玉扣 善本 線装本 木版刷 木刻本 筒子頁 殿本 套印 宣紙 白棉紙 清朝 掃葉山房 石印。
冬姫は通称。黄帝内経研究大成 中医経典研究大系 全3冊 中文 王洪?編。正式な名は伊達貞子。英和對譯辭書 開拓使辭書。2つとも貞子の印。和本『大通世界』 標註/幸堂得知 春陽堂堂 明治24年。左端の写真は「若菜・上の巻」末尾の拡大写真。唱導御試験十二條集記 写本 浄土真宗 仏教 江戸時代 神道天皇神社 検)仏陀浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗臨済宗古書NA。
左上端の細長い落款は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩文の印。香川景嗣著 藤井好謙校『残香集』(全二冊揃)明治二一年 中村新太郎刊 明治時代和本。漢詩文の右の2つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)の印。出羽久保田藩領湯沢町薬古文書●江戸末期 薬2点 セウトク丸・胃(熊胆) 雄勝郡湯沢町 現在の秋田県湯沢市 240714。方子の上の印は方子の娘・幾千姫(玉映)の印。f24111201〇暗射地球全図記 世界名所案内 井出猪之助 文敬堂 明治7年〇和本古書古文書。右上の印は仙台藩医・木村寿禎の落款。修学旅行日記「伊勢まゐり」昭和14年/長野県南佐久郡 畑八尋常高等小学校 伊勢神宮【24-0717-47】。右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。米沢藩領元和田村古文書●元禄期? 米沢御高村○ 20丁 置賜郡元和田村 現在の山形県高畠町 241027。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(出品した自筆の「断層画像写真」(若菜・下の巻)MRI 35―46B
自筆下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。伝 藤原行成 桝色紙 30葉 書芸文化新書 複製 古筆 日本画 古写本 色紙 掛軸 平安時代 鎌倉時代 箱有。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫・所蔵)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
【天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行】
4番目の写真は、「日本史の茶道」千利休の孫・宗旦と近衛基熙の茶の湯の交流」120頁(淡交社刊)
5番目の写真は、近衛基熙が、御所で第111代・後西院天皇を主賓に茶会を開催した記録「公家茶道の研究」55頁(谷端昭夫・著)
「源氏物語」「若菜・下の巻」絵図、茶室関係資料
下記写真1番目は、「源氏物語屏風(若菜・下)」(源氏物語絵巻)
朱雀院(前朱雀天皇)の五十の賀を祝い女三の宮、紫の上、明石女御が演奏する「女楽」の有名な場面
上の女性三人のうち右から紫の上は和琴、明石の女御は箏、女三の宮の琴。労働用語辞典 塩田 庄兵衛 (著)。
手前の後ろ姿で琵琶を弾いているのが明石の君
上から2番目の写真は、「淡交」別冊(愛蔵版・№71 『源氏物語』特集)
上から3番目左右の写真は、茶会における大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」を茶道具として用いた茶室の事例
「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款が押捺されている。法震『漢郭斉道光先生碑銘拝序』マクリ〔紙本肉筆真作〕/中国 古筆 書法 古文書 まくり。この漢詩は「白氏文集」の漢詩に由来するものです。小島政二郎 自筆書簡20通セット(真筆保証品)大谷菊枝宛 昭和26年消印。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。【売切り屋】其小唄恋情紫 第四編 上 為永春水 静斎英一画 江戸時代 木版画 古書和本。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。8726 漢書評林(全50冊 線装本)。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。海軍陸戦隊・上海戦闘記/有馬大佐・野村吉三郎序文/昭和7年/第1次上海事変/一般国民に海軍陸戦隊の行動を報告しその赫々たる武勲を證する。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 古文書 文化十年 八月 犬甘 書状。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。refle 激レア古書新撰字類 松屋貫一 編/松屋貫一輯 明治3年 入手困難品。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。浜名白塢編『歴代名家題画小舫』(全三冊揃)昭和一二年 柳原喜兵衛他刊 明治時代和本 中国唐代から明代の漢詩集 詩画集。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。児科全生集上下卷3冊揃、嘉慶22年敬芸堂刊、木版摺刷良、上卷痘疹真傳醫論、下卷痘疹真傳湯訣藥方、和本唐本漢方醫書中国。撮影後、展示のために再表装をしております。深田正韶(香実)の古文書/尾張名古屋藩 儒者 徳川斉朝【24-1104-6】。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 加賀 小笠原 貞宗 開善寺殿 古文書。
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。諸家大名由来集 織田信長 織田右大臣平信長 日本無双智勇兼備天下大将軍 明智 斎藤 浅井 平相国清盛 資盛の子孫 歴史資料。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。井上勝五郎編 設楽勝美銅刻『改正道中記 全』明治22年刊 明治時代和本 銅版刷 古地図 街道図。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。金銭出納簿(家計簿)2冊 昭和12~13年、昭和19~21、23年/資料 史料【24-0523-76】。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。沼田順義述 大沢直道記『級長戸風』(全3冊揃)天保2年小林新兵衛他刊 江戸時代和本 『古事記』偽書説 国学者。
2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。1933年 現地新聞 題名紙4枚 検索:支那 中華民国 汪精衛 蒋介石 関東軍閥 憲兵 国民党 督軍 生写真 革命党 満洲 総督府 張学良 古建築 事変。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。f24111203〇乗換切符 東京鉄道 改札パンチ入 両国 品川 明治43年〇和本古書古文書。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。善悪現験報應編 10冊中1冊欠 玄光 貞享4 仏教 江戸時代 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗曹洞宗空海親鸞法然密教禅宗古書古文書 W。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。日産自動車社史 1964- 1973。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。外科上池秘録 享和2年 1802年 蘭学医学 上池周斎 国華西川撰 当時の外科手術の技術や医療知識をまとめたもの 歴史的資料 ②E。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。安居講録 選択本願念佛集講録 龍山慈影 2冊揃 明治 仏教 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗臨済宗戦前古書PH。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。大正3年 「民政史稿」 全8巻揃 内務省地方局蔵版 賑恤救済篇 制治民政篇 文教訓化篇 殖産経済篇 風尚民俗篇 善行美蹟篇。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。f24101622〇華実年浪草 全15巻 三余斎麁文著 鵜川鹿文 季語2760語 季語の解説書の解説書 天明3年〇和本古書古文書。母は後水尾天皇皇女女二宮。御書御直命写仏書 浄土真宗 天保3 写本 仏教 江戸時代 検)仏陀浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗臨済宗古書和書古文書NA。実母は近衛家女房(瑤林院)。隠居届・家督相続届・登記申請書 全5点/明治時代/長野県諏訪郡平野村/製糸業/資料【24-0901-82】。幼名は多治丸。HH-9410 ■送料込■ 生活 第1巻第1号/3~6号 第2巻第1号/2号 第4巻第12号 第5巻第6号/11号 まとめて 大正 博文館 雑誌 本 古本 古書/くJYら。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。博奕・陰富の禁止請書 文化14年 久ヶ原村・峯村・鵜木村三ヶ村請書/古文書 東京都大田区【23-1214-7】。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。●極上和本YM4800●江戸明治和本等>〈不許翻刻〉安政見聞録2 安政大地震 服部保徳 歌川芳春画 *レターパックプラス発送。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。古文真宝諺解大成。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。●極上和本YM4816●江戸明治和本等>〈漢英〉通用雑話[漢英通用雑話](上巻*下巻未刊)稀書 ロバート・トーム 辞書 万延元年刊。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。★明治39年発行 和綴本 『 致堂二稿 上・中・下 + 海堂園 全 まとめて4冊セット 』 横山致堂 宇都宮書店 敬文館。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている
ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。「源氏物語」匂宮の巻・十九歳の薫の君・帝(今上天皇)や后(秋好中宮)に大切にされる・大炊御門宗氏・自筆・茶道具11B。
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